かながわ検定とは
 
12回横浜ライセンス
※「第12回かながわ検定・横浜ライセンス」はおかげさまで 無事終了致しました。

インタビュー・合格者の声

近代史を学べば横浜・神奈川はもっと面白い

濱田賢治(はまだ・けんじ)さん

株式会社 横浜ステーションビル代表取締役社長
第4回かながわ検定・神奈川ライセンス 2級合格
第5回かながわ検定・横浜ライセンス 2級合格

Q.受験のきっかけは何でしたか?

CIALをはじめ駅ビル商業施設運営に携わる濱田さん。

私が横浜と深く関わるようになったのは、2007年6月、JR東日本横浜支社長に就任したことがきっかけでした。当時はY150に向けて準備が始まった頃で、鉄道発祥の地として、横浜の魅力を全国に発信する役割がありました。

就任間もなく、私は横浜の方からこんな質問を受けました。「横浜線は、なぜ横浜駅へ遠回りするようにカーブを描いて走るのか?」「掃部山(かもんやま)はなぜ鉄道山と呼ばれたのか?」。横浜線はもともと生糸を輸出するため海に向かって作られた線路。掃部山では、かつて蒸気機関車の給水が行われていました。当時の私はこのような歴史的背景を答えることができず、もっと勉強しなければと思ったわけです。

神奈川新聞社カメラマンの大河原雅彦さんのように、まちの歴史を保存するため自主的に活動されている方々との出会いも検定を受けるきっかけになりました。

Q.合格の秘訣を教えてください

初めての受験では2級、3級とも見事に不合格(笑)。テキストを軽く読む程度の勉強しかなかったのです。「これは大変だ」とセミナーや模擬試験、まち歩きに参加しました。試験対策という点では、過去問題集は100点を目指し、新しい話題は新聞やセミナーで学ぶことが合格の秘訣でしょうか。

しかし、今思えば、検定を通して参加者や講師、ボランティアガイドさんなど、横浜を愛する、たくさんの人と出会えたことが何よりの実りでした。私が関わる「横浜CIAL」は、2011年1月に50周年を迎えました。実は「横浜マリンタワー」も1月で50周年。そこで、まち歩きイベントを共同開催しました。横浜の発展は港を中心に語られることがほとんどですが、実際は港と鉄道がともに発展してにぎわったのが横浜。この事実を教わったのも、セミナーで講師をされた横浜都市発展記念館の岡田直先生からでした。

Q.ライセンスの活かし方、今後の目標は何ですか?

市民から寄せられた半世紀の写真が一冊に。

Y151では貨物線に記念列車を走らせて、普段より海側の景観を楽しんでいただきました。株式会社ポートサービスと共同で工場夜景クルーズなども企画しました。これからも横浜の新しい魅力を開拓し、体験されたお客様に喜んでいただけるとうれしいですね。

4月には市民の方と神奈川新聞社の協力を得て写真集『横浜駅西口STORY』を発行しました。横浜駅には、そのダイジェスト写真を掲示していますが、みなさん足を止めてご覧になります。横浜の人にとって地域と駅の関係は特別なものなのかもしれません。

かながわ検定は引き続き1級を目指しますが、ゆくゆくはボランティアガイド協会にも登録したいと思っています。

Q.最後に横浜・神奈川への想いをお聞かせください。

横浜の歴史は日本近代化の歴史。学校ではあまり時間を割いて教えてくれませんが、学ぶことで横浜・神奈川はもっと面白くなると思います。同じ景色が違って見えます。住む人が地元を愛することで、より住みやすいまち、楽しいまちへと発展していくのではないでしょうか。

「横浜CIAL」は3月で閉店しましたが、なくなって寂しいという声をたくさんいただきました。次は2012年、鶴見駅前にオープンします。鶴見を象徴する建物になるようたくさんの工夫を凝らしていますので、乞うご期待です。